スーパーパワースポット杭全神社

理想の人生
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スーパーパワースポット杭全神社

今回は僕の大好きな大好きな神社で、個人的にスーパーパワースポットな杭全神社のご紹介をいたします。

まずは、杭全神社とはどの様な神社なのかをお伝えいたします。

大阪府大阪市平野区平野宮町2-1-67 国道25線沿いに大きな鳥居がお出迎えしてくれます。

貞観4年(862年)、征夷大将軍坂上田村麻呂の孫で、この地に荘園を有していた坂上当道牛頭天王素盞嗚尊)を勧請し、現在の第一本殿である祇園社を創建したのが最初と伝えられている。

建久元年(1190年)には現在の第三本殿である熊野證誠権現(伊弉諾尊)を建立する。元亨元年(1321年)には現在の第二本殿となる熊野三所権現伊弉册尊速玉男尊事解男尊)を建立して諸殿を修復し、後醍醐天皇から「熊野三所権現」の勅額を賜って祇園社を中心としていた当社を熊野権現の総社に改めている。

明治時代になると神仏分離によって仏教関係のものは全て長宝寺に移された。1870年(明治3年)、熊野権現社の総社とされていたのを改めて本来の祇園社を本社、熊野三所権現を雑社熊野神社とし、證誠殿を摂社、田村堂を別社として社名を平野熊野三所権現から杭全神社に改めた。

1872年(明治5年)に郷社となる。1906年(明治39年)には指定神社となり、翌1907年(明治40年)に神饌幣帛料供進社に指定された。1930年昭和5年)に府社に昇格する。

日本で唯一連歌所が残されている。連歌会は明治以降廃れていたが、1987年(昭和62年)に復活され、現在、毎月定期的に平野法楽連歌会が催されている。1999年平成11年)からはインターネット連歌が始まった。初代の連歌所は室町時代に建てられたが、大坂冬の陣で焼かれている。現存するのは宝永5年(1708年)に再建されたもので、大阪市指定文化財になっている。

境内の南は杭全公園、北は新杭全公園となっており、東は平野郷を囲んでいた環濠の一部が残っている。

引用元:ウィキペディア(Wikipedia)

邪気を祓い神々しいパワーを与えてくれる

僕が杭全神社に出会ったのは20才超えてからだったと思います。とてつもなくしょうもない人生を歩んでいた時です。働くのも嫌、彼女もいない、希望もない。といった感じでした。この時ぐらいから、僕の人生は神頼みぐらいでした思っていなかったのです。

そんな時にふと、身内から杭全神社ってめっちゃ良いらしいで!って話をしているのを聞いて、また平野の方に行く用事があれば寄って見ようぐらいの気持ちでしたが、その時はすぐにやってきました。

用事で平野に行くことになり、それもまた杭全神社からめちゃくちゃ近い、JR平野駅近辺。用事をチャッチャと済ませて杭全神社に行きました。

そして、大きなクスノキがあるのが見えて、凄いな〜って思いながら参道に入った瞬間!!背中から何かが抜けていくのを感じる。今までにない感覚!

背中から後頭部にかけて髪の毛が逆立っているかの様に、何かが僕から抜けていく。僕は一瞬で自分の中の邪気が抜けていっていると感じました。

その瞬間に、涙こそ流していませんが、何か心が救われた様な気になり、目頭がアツくなったのを今でも鮮明に覚えています。

そして、参拝を終え、入り口付近にあるクスノキにも手を合わせに行きました。近くで見れば見るほどに圧感。圧感とはこの事を言うんだなって思った程に、物凄い力強さを感じ取ることができました。

このクスノキ本当に大好きです。このブログのプロフィール写真も杭全神社のクスノキなんです。本当にパワーもらえますよ!!

なので、この時から僕は、何か大事な時や、節目の時、ちょっと流れが落ち込んでいるな〜って思う時は必ず行きます。すると、本当に驚くほど人生が好転しはじめます。

本当に良い所なので、ぜひ行ってみてください。

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杭全神社へのアクセス

所在地

  • 大阪市平野区平野宮町2-1-67

交通アクセス

杭全神社へ行けない方、どんな神社か気になる方はYoutubeで!

個人的スーパーパワースポット杭全神社

 

 

 

 

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